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活動報告  2013年2月

2013年2月19日

天神橋商店街レポート

私は今年度(平成24年6月13日~平成25年6月12日)産業労働常任委員会委員として
活動させていただきました。
特定テーマはシャッター通りと疲弊してしまった商店街の活性化についてでありました。

活性化策の委員からの主な意見は
(1)地域コミュニティの場としての機能強化(介護、NPO、起業などの拠点化)
(2)高齢化社会における役割(買い物難民対策など) (3)他の地域の商店街と連携した取り組み
(4)顧客の範囲の拡大(ネット販売の有効活用など)
(5)人集めの仕掛けづくり
(6)店舗と住居の分離、店舗をまちづくり会社の管理・所有に
(7)再生困難な商店や商店街への撤退支援(ソフトランディング支援)
(8)申請者の自由度が大きい提案型の補助制度への改善
以上です。

しかしなかなか妙案が見つからないのが事実でありました。
私は日本一と言われる天神橋商店街で知人が洋品店を営んでおり、
知人の協力をえてレポートをしました。

確か1年5か月ほど前、
日経夕刊「あすへの話題」で、落語家・桂文枝(当時桂三枝)さんの
「繁昌亭5周年」を読んだのを思い出します。

繁昌亭建設竣工までの苦労話が書いてありました。
建設場所は大阪天満宮の宮司さんが無償提供、
建設費は寄付していただいた方々の名前を提灯に書いて
寄席がある限り永久に繁昌亭の中に吊ろうとアイデアを出し、
協会員が必死で集めた結果
なんと2億4000万円の建設費が集まりました。
繁昌亭には1500程の提灯がぶら下がっているそうです。

開場以来大入りが続き、
天神橋商店街のシンボル的な存在となり商店街の賑わいに繋がっているそうです。

知人に商店街事務所にご案内いただくことは勿論、
2.6キロメートルに及ぶ日本一の商店街を歩きながら
商店街の活性化について自分なりに研究しました。

三田市も昭和50年代初めまで賑わいのあった本町センター街があり、
毎年通常総会に招かれています。
昭和30年代の誓文払いは人が多くて歩けない程であったのを思い出します。
70軒以上あった店舗は30軒にも満たず、
後継者がある店舗は19軒に過ぎないと伺っています。
シャッター通りとなり人通りなど殆どない状況です。
商店街の北の端に位置していた三田市民病院が平成7年にニュータウンに移転したことが
大きく影響していると思われます。

商店街の会員さん達も昔とは言わずとも何とか活性化しようと努力されています。
平瀬楽器さんは年に何度か若手落語家を呼んで高座を開かれたり、
中西度量衡さんは全面改装し和風多目的ホールとして作品展など
いろいろな催しものを開かれています。
旧病院前に三田藩九鬼家元家老屋敷があり三田市が購入し、
平成12年、一度解体しその木質材料を再使用し平成13年3月末に完成し、
三田市の観光ルートの中に入っていますが、
訪れる観光客も思ったほど多くなく
本町センター街の賑わいに繋がっていないのが事実であります。
本町センター街にも天神橋商店街のシンボル的存在の
繁昌亭のようなものがあればと考えます。

私は市議当時から三田市に
旧病院の跡地利用(本町センター街の活性化につながる)の検討を
提案していますが隣接民家の都合もあり進展しません。

今後、阪神北県民局、三田市と協議を重ね
何とか本町センター街の再生に取り組んで参りたいと願っています。